石井院長コラム|都会生活は大変です

Ishii Column

都会生活は大変です

Life in the City Is No Easy Thing



石井院長コラム

田舎から都会に出ると、そこにはいろいろな人がいて戸惑うものです。

今でこそ都会人のふりしている私ですが、もとは北海道倶知安町生まれの田舎育ち(倶知安町の人ゴメンなさい)。

そんな私が社会人(当時は会社員)をスタートしたのは東京でした。私にとって初めての東京生活です。東京は想像以上の大都会。人が多く、にぎやかでした。毎日お祭りをやっているような印象です。わくわくすることが多い街、東京。一方、私の実家は北海道なので、少なくとも年末年始は毎年、帰省していました。

社会人1年目、最初の年末年始のこと。実家に帰省し正月を過ごして東京に戻ります。夜遅く飛行機で羽田空港に着いたときは雪もなく、東京に戻ってきたという実感がありました。私はそのころ会社の独身男子寮に住んでいました。寮は空港から電車を乗り継いで、1時間ほどのところにあります。帰宅には、まずは空港からモノレールで。その日は夜遅いながらも多くの乗客が乗り込んできます。空いてる席に座って間もなく、スーツケースを押しながら若い女性が隣に座りました。知らない人なので、窓の外を眺めているとその隣の女性がたどたどしい日本語で話しかけてきます。「スミマセン。新宿駅はどういったらいいですか?…私、これから新宿駅のベンチを探して、そこで寝る」と言うではありませか。いくら東京は雪がないとはいえ、1月初旬。とても寒くて駅のベンチで一晩過ごしたら凍死してしまいそうです。それで「駅のベンチで寝るなんて無理でしょ。ホテルを探してください」。聞くと、台湾から東京についたばかり、とのこと。友達の家にとめてもらう予定なのだけど連絡がとれない(今と違って携帯電話などない時代です)。しかしホテルに泊まるお金もない。だから駅のベンチで過ごす、というのです。そもそも時間が遅いので、空いているホテルを探すのも大変です。

少し考えて言いました。「私は今、会社の寮に住んでいる。そこに家族が泊まれる部屋がある。寮の管理人さんに頼んでみるから、私と一緒に来たらいい」それで、モノレールを浜松町でおりて山手線と東横線を乗り継ぎ、駅から徒歩で10分ほど。私の日本語が理解できているかどうかわからないながらも、私の後ろをスーツケースを引きずりながらついてきました。寮についたのはもう夜12時近く。さっそく(寮に住み込みの)管理人さんに事情を話して、「家族用の部屋を、この人に貸してやってほしい」と頼んだのです。しかし、管理人さんは困りました。本当の家族でもない人を家族と偽って留めるわけにはいかないと。しばらくやりとりがありましたが、人のいい管理人さん。結局折れて、「一晩だけですよ。二度とこのようなことはしないでください」と困った顔をしながらも許可してくれました。家族用の和室の部屋は玄関ホール近くにある広めの一室です。布団など準備してくれました。男子寮に若い女の人が夜遅くいるわけですから、しばらくして様子がおかしいことに気づいた寮の仲間・先輩たちがやってきて賑やかになりました。そして、言うのでした「あほか。あれ、商売の女に決まってるだろ!」それで初めて気が付いた私ですが、すでに深夜になって、追い返すわけにもいきません。管理人さんにあやまり、そのまま私の妹として泊めてもらいました。翌日は会社の仕事があるので、朝、管理人さんに「あとはよろしく」とかなんとか、頼んで、そのまま出勤しました。その若い女の人は昼前に帰っていったとのこと。

今から考えてみると、あの時の一番の被害者は、本来、何の関係もないはずの寮の管理人さんでした。まじめな彼は会社の人事部に正直に報告し、その結果、厳重注意を受けたとか・・・。

それでも、愚痴の一つも言わず、管理人のおじさんは「あの女の人、翌日、お酒をもってきて、石井さんにもありがとうと言ってましたよ」といっぱいの笑顔で教えてくれました。

--あれからもう幾十年経ちますか。優しい人だったな。ありがとう管理人のYさん。元気ですか?

石井院長
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