怒りの矛先…泣く子も黙る『道北日報』| 石井院長コラム

 

石井院長コラム

怒りの矛先…泣く子も黙る
『道北日報』

The Most Feared Newspaper in Shibetsu

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石井院長
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士別市・道北日報
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地域の絆と地方新聞の威力

あなたも人間ですから、たまには腹の立つこともあるでしょう。そういったとき、どうしてますか?たいていは、怒りの矛先を直接相手にぶつけるでしょう。しかし、相手が手ごわい場合、ほかの手段を考えます。子供の兄弟げんかなら「お母さんに言いつけるよ」とか、同級生が相手なら「先生に行ってやる!」、サラリーマンなら「課長に···」などでしょうか。自分の味方になってくれる力強い仲間を探そうとします。

私は今は札幌のクリニックで働いていますが、前職は士別市という旭川から北へ車で一時間ほどの田舎の市立病院に8年間、内科医として勤務してました。私がかつて住み暮らした街としては、生涯で最も田舎になります(生まれは倶知安の田舎ですが、札幌で育ち、京都で学んだあと、東京→米国ボストン→東京で長らく生活し、研修医は名古屋という都会生活を送っていました)。士別市は私が新米医師として赴任した2017年当時、人口はちょうど2万人。面積は札幌市とほぼ同じなので、人口密度は札幌市の100分の1(と言えば札幌市在住の方にはイメージしやすいでしょうか)。人間よりも羊のほうが多い農業と畜産業の街です。商業施設といえば、市内にはスーパーマーケットが合計で3つだけ。ファミリーレストランなどありませんし、マクドナルドも、ケンタッキーも、ましてやスターバックスなど、ありようがありません。そういった環境なので、他の地方都市同様、若者はどんどん札幌などの都会に流れていきます。その結果、私の赴任以来、10年も経たないというのに、今では人口1万5千人まで減り、過疎化が明らかに進行しています。…そもそも私も昨年の2025年に札幌に引っ越してきたわけですから、その一因となっているわけですが。

私が士別の病院に勤務するきっかけとなったのは、市が積極的な医師募集対策の一つとして医学奨学生の募集をしていたことにあります。過疎化が進む地方都市はどこでも共通の悩みを抱えており、その一つが医師不足です。独自の医師募集の宣伝活動に力を入れるのはもちろんのこと、大学の医局に派遣の応援依頼をしてみたり、北海道庁の地域医療支援組織に窮状を訴えかけたり。いろいろと手を尽くすわけですが、一向に人が集まらない。そういった募集活動の一つとして、ある時期、士別市では、医者の青田買いともいうべき、医学生に目をむけ、医学奨学生の募集活動を行ったのでした。たまたま、その募集に関する記事を北海道新聞で見た母親が、当時医学部に入ってまもない"おじさん医学生"であった私に連絡してきました。もともと、出身である北海道のどこかで"町医者"を志していた私ですので、その話に興味を持ったのです。

ただ、北海道出身とはいえ、士別市というのは正直、どこにあるのか知りませんでした。北海道のどこかであることは確かなようなので、ひとまず、応募してみたところ、順調に話が進んで、そこの医学奨学生となったわけです。

その後、医師国家試験に合格し、実際に当地へ赴任となった頃には、私はすでに50歳台になっていました。"おじさん新米医師"という物珍しさのためか、マスコミの取材を受けることになりました。まずは、新聞(北海道新聞、北海道医療新聞、道北日報)でとりあげられ、その後、テレビ局(HTV)からの取材依頼が来ました。取材は、いずれも、インタビュアーからの質問を受け、それに答えるという形式です。それら取材の中で、新聞だったか、テレビ局だったかは忘れましたが、私への質問もだいた終わって、時間が余ったので、隣に同席していた事務部長へ質問となりました。

「事務部長さん、市立病院として、どうして石井先生の採用を決めたのですか?」

「えっと…、人柄が…」

「ひょっとして、応募者が石井先生しかいなかったとか…?」

「はい、そういうことです!」

まあ、そういうことなのだろうな…、とは私も"うすうす"わかっていたわけですが、答える事務部長も事務部長です。「素直でいい人なのは確かだけど、ちょっと、正直すぎやしないか?」と、苦笑いしかありません。インタビューアにしても、「そこはちょっと気を使ってほしいな」と、思ったものです。…それだけ、田舎には医者が集まらない、ということでもありますが…。

それはそれとして、私の医師として本格的なスタートを切ったのはこの士別市です。ここで働き出してうれしかったのは、初日から、いきなり即戦力の医者として扱ってもらえたこと。それまで、大学病院で研修医として仕事をしていたのと違い、本当に"一人の医者"として迎えてくれました。「本当に医者になれたのだ」という実感がうれしかった。もちろん、いきなりの戦力ということで、いろいろ失敗もありましたが、毎日、病院に出勤するのが楽しく、「ここで奨学生になってほんとうに良かった」と実感したものです。

医者として順調に仕事が始まると、間もなく、地域住民にもなじみ、逆に、地域住民からも頼りにされる関係が築かれていきました。こうして地域の生活になれてくると、これまでの都会生活とは異なる、地方独特の生活スタイルなり、習慣なり、もわかってきます。その中で最も感じたのは、"住民どおしのまとまり感"というか、"昔の日本"ってこうだったのかな、と思われる"地域住民の一体感"でした。街の神社のお祭りとなると、ほぼ例外なく住民の全員が楽しみにしています。そのため、祭りのある7月中旬は毎年、病院の外来はガラガラです。この期間に外来予約を入れようものなら「士別祭りがあるから」と、大概、断られるのです。札幌でも東京でも京都でもお祭りはあります。しかし、それで病院の外来がガラガラになる、ということはありません。その他、花火大会など、地域の行事となれば、ほとんどみな、地域一体となって参加するのです。しばらく都会生活になれてきた私にとっては、ある意味新鮮でした。

また、私が士別の病院に赴任した頃、外来で患者さんひとりひとりに最初の挨拶をすると、多くの患者さんから

「石井先生?ひょっとして、3丁目の石井さんかい?」

と聞かれます。地域住民が皆、お互いのことを知っているようで、ひょっとして、こんど来た石井先生も3丁目の石井さんの縁者?と考えたのでしょう。まるで"皆、親戚"のような感覚もまた、おもしろいと思ったものです。

さて、士別には、そこの住民の"ほとんど全員が読む新聞"というものがあります。それは『道北日報』です。販売エリアは、ほぼ士別市の8700世帯のみ、という、きわめてローカルな地方新聞です。超ローカルですが、士別市の住民であればほぼ全員、誰もが毎朝、読む新聞なのです。そのため、そこに書かれた記事内容は、地域住民のだれもが共有します。朝、この新聞記事を読んだという前提で、その日、住民どおしの会話が始まるのです。逆に、この新聞に何か個人的なことを書かれようものなら、その日のうちに地域住民ほぼ全員に知られてしまうという、ある意味、恐ろしい新聞なのです。

ある日、街の中で住民どおしのトラブルがありました。何が原因かわかりませんが、二人ともかなり怒っています。そのうちの一人の怒りがおさまりません。そしてその時、けんか相手に向かって言ったのでした。

「『道北日報』に訴えてやる!」

訴える先は警察でもなければ、裁判所でもなく、『道北日報』なのです。その一言で、たぶん、言われた相手は分が悪いと悟ったのでしょうか。それで、その場のトラブルは収まったのでした。

おそるべし、地元新聞の威力、『道北日報』は、士別地方では、親よりも、学校の先生よりも、警察よりも、どんなに偉い誰より怖く恐れられる新聞。誰もが自分の味方にしたい存在なのです。

~今日は長々と話をしてしまいました…。士別のみなさん、お久しぶりです。元気ですか?~

石
石井院長
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