石井院長コラム|猛獣は怖いよ…柳生但馬守と沢庵和尚

 

石井院長コラム

猛獣は怖いよ…
柳生但馬守(やぎゅう たじまのかみ)と
沢庵和尚(たくあん おしょう)

Courage, Compassion, and the Cage — A Tale from Edo


石井院長

クマ・トラ・徳川家光

気合と慈悲

あまり聞かなれなくなったクマの話題ですが、最近、久しぶりにニュースで取り上げられていました。これから、だんだん涼しくなってきて、またこの話題が増えそうです。

クマの話題が少なくなった今年の4月~7月、札幌市(私の居住地)における熊の出没件数を調べてみると、それでも累計で50件もあるとのこと。その中でもわが南区は22件で断トツの1位。私は勤務する病院から徒歩で5-6分の南区川沿地区に住んでいます。山と森の豊かな地区です。昨年秋に盛り上がった熊騒動の時は、病院からの帰り道、特にアパートの前は真っ暗な茂みの中に川の水音だけが聞こえるという状況で「クマがでるんではないか ^^; 」といつも緊張を強いられました。

クマに関しては、10年ほど前、たまたまYouTubeで外国人ハイカーたちがクマに遭遇した時のショート動画を見たことがあります。その時の状況としては、バックパック姿の白人女性3人が山道を歩いていて、そこで、一頭のクマに遭遇します。体長は2mほど。旅行者の3名は立ち止まり、しかし騒ぐことなく平然と熊を無視。しかし熊はどんどん接近してきます。ついにそのうちの一人の横まで来て、立ち上がます。そして、おもむろにその人の体に鼻を近づけ、においを嗅ぎはじめます。それでもその女性は騒ぐことなく、ただクマに匂いをを嗅がれるまま。しばらくして熊は立ち去って行きました。

私なら、その時、騒ぐか逃げようと走り出したに違いありません。そして、ガブっとやられたはず。それにしても、この冷静だった女性はどうしてそうしていられたのか…そこから何か学べるものはないかと、その動画を何度も繰り返し見た記憶があります。

ところで、クマではないですが、人の猛獣への対し方ということでは、トラの檻に入れられた二人…柳生但馬守(やぎゅうたじまのかみ)と沢庵和尚(たくあんおしょう)の話が有名です。この二人をトラの檻に入れたのは当時の将軍、徳川家光でした。

そもそも徳川家光と言えば、江戸幕府を盤石な体制に仕上げた大将軍。教科書にも載り、誰もが知る尊敬すべき人物です。しかし、将軍になる前の若い頃、彼はお供を連れ市中に出向き、夜な夜な辻斬りなどをやっていた、とも言われています。少なくとも若い頃は、何をしでかすかわからない、とんでもない人物だったようです。

その家光が将軍になってある日、トラが朝鮮から献上され江戸城に運ばれました。そこで家光は大名はじめ300人の家来にも見せようと、一同を城中に集めます。そして言いました。

「そなた達の中で、このトラの檻の中に入ろうという者はおらぬか」

…とんでもないことを言い出すものです。当然、皆、下を向き、名乗りをあげる者など、だれ一人としていません。そこで、家光は意地悪く一同をぐるりと見渡した後、剣術の達人として知られ、自分の師匠でもある柳生但馬守(やぎゅう たじまのかみ)を見、

「但馬、そち、あの虎の檻へ入ってみぬか」

と命じます。

柳生但馬守は徳川家康に使えた後、2代目の秀忠、3代目の家光の信任を深め、但馬守として任官。1万石の大名にまで上り詰めた人物です。

剣術指南役とはいえ、家光からしてみると、この但馬守には稽古のたびごとに竹刀(しない)で頭をたたかれ、いつか仕返しする機会がないかと思っていたところでした。もちろん、断られたら入れないつもりでいました。

しかし、但馬守(たじまのかみ)は家来に愛用の木刀を持ってこさせ、恐れる様子もなく檻の中に入ります。そして、虎に近づくと、その木刀の先を虎の目の前に突きつけて鋭くにらみつけます。すると虎は彼の強烈な気迫に圧倒され、おとなしくなります。それを確認してから、但馬守はじりっ、じりっと後ずさりしながら、最後はすばやく檻を出て戸を閉めました。その姿に家光をはじめ、見ていた大名・家来は拍手喝采。彼の武術と精神力の強さに感心しました。

そのあと、よせばいいのに家光は「もう一人、檻の中に入る者はおらぬか」と尋ねます。そういって意地悪く、またもや一同を見まわします。皆、恐怖のあまり、一様に目を伏せ、隠れるように静まります。こうして一同を見まわした後、自分の後ろに座っている沢庵和尚に尋ねます。「和尚、いかがか」と。

沢庵和尚は江戸時代初期を代表する禅僧。家光からは精神修養の師として重用され、多くの武将・著名人からも帰依を受けていた人物です。

しかし、家光からすると、いつも、何かと説法でやり込められ、言葉では決してかなわない沢庵です。心の中で「この沢庵和尚をちょっとこらしめてみたい…和尚を指名したらいかに返答するか」。そういった遊び心もあり、声をかけたのでしょう。

何の武器も持っていない和尚です。もちろん、断られたら、入れるつもりはありませんでした。しかし、その時、沢庵は少しも動揺せず、静かに檻の方へと向かうではありませんか。そこにいた人々は小声で言いあいます。

「おいおい、本当かよ。かわいそうに。和尚、まちがいなくトラに食われちまうよ」

人々の心配をよそに、すっと檻の中に入った和尚。虎の鼻先まで歩み寄り、その大きな頭を優しくなでました。すると虎はまったく威嚇することなく、まるで子猫のように目を細めて沢庵の足元に横たわります。そして喉を鳴らし、甘えるような様子を見せました。沢庵は数珠で軽く頭をなでながら、帰る際も虎に背を向けて悠然と歩き出します。虎は「もう少しいいじゃないか和尚さんよ」と名残惜しそうでしたが、沢庵は「また来るぞ」と声をかけて静かに檻を後にしました。

その後、家光は二人に虎へ向かったときの心構えを尋ねます。但馬守は、柳生流の気合と闘志をもって虎を圧倒したと答えました。一方の沢庵は、「何の存念もなかった」と語ります。虎にも仏性がある。慈悲の心で接しただけだと説明した、とのことです。

さて、話を戻しましょう。我々の周りにはトラはいませんが、秋になるとクマがまた人里に出てきます。いずれまた、この話題で持ちきりになるでしょう。

もしあなたの前にクマが出てきたらどうしますか…。あなたが柳生但馬守のように武術や剣術の心得をもっているか、あるいは沢庵和尚のように仏道に悟りを開いている場合、その場合はまったく問題ありません。

はたして私ならどうか?…実は先日、ネットでクマ対策スプレーを買ってしまいました。なので、もう心配ありません。

・・・ひょっとして、何かありがたいおちを期待していました? すみません。今日はこれで失礼します。

石井院長
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