「今」という贈りもの
The Gift of the Present Moment
私の診察室では高齢の患者さんが多いので、認知症の患者さんも自然と多くなります。
みなさんご存じの通り、認知症というのは重度になると、過去の記憶がなくなってくる病気です。今、薬を飲んだこと、ご飯を食べたことまでわからなくなってしまう。もはや過去というもの、そのものがなくなってしまう。そういった方々にとって、時間というのは「今」のみ、なのです。
人は記憶という能力を持っているがゆえ、過去という時間を感じることができます。そこで考えてみてください。その過去を思い出し、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、笑ったりするのはいつですか? それは「今」のはずです。過去といいながら、我々がそれを認識し、喜怒哀楽しているのは、実は「今」以外にないのです。
それは未来についても同様です。明日のスケジュールを考える。それは楽しいことかもしれないし、悲しいことかもしれない。しかし、その時の状況を想像し、喜んだり悲しんだりするのはやはり「今」。楽しい過去や未来を「今」感じるのは嬉しいことですが、悲しい過去や未来を「今」感じるのはやっぱりつらいですよね。
一方、認知症の患者さんたちは過去を悔やんだり将来に不安を感じたりすることはありません。そう、彼らには過去も未来もない。「今」だけの中で生きているのですから。同じように、皆さんの周りにいる小さなお子さんたちも、過去を悔いたり将来に不安を感じたりすることはないですよね。彼らに共通しているのは、「今」というこの瞬間に、過去も未来も持ち込んでいないことです。
人生を楽しく豊かなものにする秘訣は、過去でも未来でもない、まさに「今」をいかに楽しく幸せに過ごせるか。そしてそのためには、過去も未来も持ち込まない「今」というものをどれだけ持てるか、ということになります。
一方、あなたは過去を悔い、未来に不安を感じて苦しんでいたりする。それはある意味、記憶力・想像力を持った者ゆえの宿命とも言えるでしょう。より複雑化する現代社会では刺激的な出来事も多くなる。記憶力のよいあなたにとって、その刺激が大きければ大きいほど、「今」それらを持ち込むことで、さらに苦しみも強くなる。
過去の出来事に苦しんでいる人、未来の出来事に不安を感じている人。今日も診察室にやってきます。中にはそれが原因でおなかが痛くなっている人もいるかもしれません。
さて、「今」あなたはいかがお過ごしですか?
なに、咳が止まらなくて困ってる?こんな話はどうでもいいから早く診てくれと?
それはいけませんね。わかりました。すぐに私の診察室にお越しください。

